俺は小平太が、ずっと羨ましかった













   違














一昼夜の訓練も終わって、俺たちは皆一様に水浴びをしていた。
風呂までは時間があるし。
かといって、この泥だらけの姿はいかにも汚らしい。
食堂にも行く予定なので、とりあえずは汚れを洗い流そうということだった。

季節は幸運にも夏。
水浴びが火照った体に心地よい、そんな折のことだった。


「あーーーっつい!!」
ひゃーっ!と奇声を挙げて、小平太は嬉しそうに水を頭から被っていた。
服はもう脱いでしまって、下着だけの姿だ。
俺は自分の上半身を手拭いで拭きながら、その姿を眺める。

鍛えられた体。
肉食獣の様に、しなやかで伸びやかな筋肉。
無数に付いた傷は雄々しさの象徴のようだった。
あの体から繰り出されるのは、人間とは思えない程のチカラ。
無尽蔵の体力に、それに見合うだけの強靭なバネ。
俺が、望んで焦がれて鍛え上げても。
決して届かない、体。
小平太は、それを持っていることが当然と思っている。
当たり前だ。
気が付けば、彼はその全てを手に入れていたのだから。

はぁ・・・とため息を1つ。
別に小平太になりたいわけじゃない。
わけじゃないが・・・正直羨ましいとは思っていた。

「・・・どうかしたの?文次郎。」

俺の視線に気付いたのか、小平太はへらりと笑って俺を振り返った。
そのへらへらした態度も気に食わない。
俺だって分かるように見ていた訳じゃない。
それなのに、小平太は俺に気が付いた。
本当に野生みたいな奴だ。
どこまで勘が良いんだか。

「別に、なんでもねぇよ。」
「うっそだー、俺の体に見入ってたくせに!」

俺男には興味ないけど、文次郎がどうしてもって言うなら考える!と高らかに言う小平太に半眼になった。

「男にっていうか、お前妹以外興味ねぇだろ。」
「無い。さえいてくれたら幸せ。」


七松小平太。

それは、俺の欲しい肉体を手に入れ。
俺の望む感性を望まなくとも持っていて。

俺の焦がれた女の隣に、いる男。



「それにしても文次郎ってガッシリしたよなぁ。」

体もさっぱりして、皆で食堂に向かいながら小平太が言った。

「鍛えてるからな。」

そう言って、髪から滴る水を手拭いで拭く。
そう、俺は。
入学したてのころ、本当にか細かった。
周りの連中も大概だったが、俺は特にそうだったと思う。
それが2年、3年と学年が上がるにつれて、他の連中は次第に男らしい体つきになっていった。
それなのに、俺はまだか細いままで。
それが本当に厭で仕方がなくて。
朝も晩も、いつも筋トレをしていた。
だからこそ、今漸くこの体を手に入れたわけで。
少しでも鍛錬を怠れば、恐らくすぐに筋力は落ちてしまうだろう。
体質・という奴だ。

「お前って鍛えるの好きな。」
「まぁな。」

軽くあしらうと、小平太は「うー・・・」と唸って、少し後ろにいた長次に肩を並べた。

「文次郎が冷たい!」
「・・・・・・そうか。」
「なんで!?俺が文次郎を振ったから!?」

お前そこまで心に傷を・・・でもごめん、俺と結ばれる運命だから!!と言って、小平太は軽く涙目になっているようだった。
ていうか、なんだその理由。
反論しようと後ろを向けば、長次に軽く肩を叩かれ。

「・・・失恋は辛いな。」

いや・・・いやいやいや。
何でお前も勘違いしてるの?

「・・・・・・失恋なんてしてない。」
「・・・・そうだな、心を偽ることも時には必要だからな。」

長次はいつになく優しく背中を叩いてくれている。
何なの。
なんで同情されてるの?

困惑しながら食堂に入れば、一人の少女が目に入った。

「あ・・・。」
ー!!ただいまっ!!!」

俺が名を呼ぼうとしたら、小平太に声を被せられてしまった。
小平太は少女に向かって飛び付いて。
少女にカウンターで殴られていた。

、愛が痛い。」
「私はムチ打ちになるところだったわ・・・あとお茶飲んでるときに抱きつかないで。」

・・・と呼ばれた彼女。
小平太が愛してやまない、彼の妹。
俺が、想いを寄せている女。

俺はとりあえず無関心を装って、彼らがいる机に向かう。

「よぉ、いたんだな。」

そしての前の椅子に座って、少しだけ笑い掛ける。
彼女はそんな俺を見て、くったくなく笑った。

「文次郎さんも、お帰りなさい。訓練大変でした??」
「おう、ただいま。訓練は汚れた服を洗うのが大変だなぁ。」

そういうと、は楽しげに笑う。
その笑顔を見て、小平太と同じように笑うんだなと思った。


それからいつものメンバーが集まって、雑談をしながら夕飯を食べ終わって。

風呂にも入って、さぁ何をしようと廊下を歩きながら話している時。


小平太が俺の髪を引っ張った。

「あ?」

思わず声を出せば、小平太は至極真面目な顔をして。
集団から俺を離れさせて、小声を出した。

のことは諦めた方が良い。」

あぁ、小平太でも小声は出せるのかと思ってから。
彼の発した言葉の意味を反芻する。

「悪いが、俺に勝てない奴には渡せない。」

何って?
余りに珍しい小平太の真面目な顔に、頭が付いていかない。
言葉の意味よりも、険を帯びたこいつの顔は結構怖いとか。
妙な殺気がビシビシ伝わってきて、背中から厭な感触が駆け抜けているだとか。
そういう事に気を取られていた。

「・・・・知ってたのか。」

漸くそれだけ言うと、小平太は眉間に皺を寄せる。

「俺が気付かないとでも?」

あぁ、そうだ。
こいつは。
本当に、勘が良いんだ。

「・・・諦めないって言ったら・・・?」

瞬間、世界が念転した。

気が付いたときには、俺は地面に叩き付けられていた。
理解した途端に、背中に激痛が走る。
そりゃ、小平太のバカ力で叩き付けられた訳だから痛いはずだ。
どこか冷静にそんなことを思いながら、うめき声を出す。
何が起こったか分かったところで、痛いものは痛い。
目の前がチカチカして、歯を食いしばりながら何とか目を開ければ。
真上に、小平太が乗り掛かっていた。
そして。
俺の全身が、逃げろと叫んだ。
怖い。
怖い。
コロサレル。
逃げて。
早く!
殆ど無意識にあがく俺を事も無げに押さえつけて、小平太は口だけ笑った。

「もう一回言うよ?・・・・アキラメタホウガイイ。」

良いね?と良い含めて、小平太は俺から離れると、腕を頭の後ろで組んで廊下を歩き始める。
俺は生きた心地がしなくて、暫く固まっていた。
息が続かない。
動悸がうるさすぎて、何も聞こえない。
漸く呼吸が整って、ぎこちなく起き上がれば。
小平太はいつもと全く変わらない、屈託の無い笑顔で俺に振り向いて。

「早く行こうよ文次郎!」


しなやかに伸びる腕。
鍛え上げた俺の体を、いとも簡単に捻じ伏せる力と瞬発力。
そして、当然ようにの隣にいる男。
小平太。

俺はずっとずっと前から。

こいつが羨ましくてしかたがなかった。

俺が欲しても決して手に入れられないものを。

小平太は当たり前のように手にしている。


手の届かない、太陽みたいなもんかな。

俺には小平太が、眩し過ぎて少し辛い。


太陽から目を逸らすように、少しうつむく。


差し出された小平太の手を取りながら。

俺は、きっとその半歩先には決して行けないのだろうと思っていた。





それが小平太と俺の、違いだから。



 

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もんじに良い目合わせる気分で始まったのに。

 

 

 

 

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