手を握る
それはとてもとても小さな手で
強く握れば潰れてしまいそうで
でも、握らずにはいられない
どこまでもどこまでも
イトオシイ
手
彼、七松は殆ど無意識に前に走り出した。
場所は忍術学園、中庭。
時刻は放課後。
幾多の生徒が授業の終わりを堪能し、放課後を満喫している。
緊張の糸が緩みかけたその空間で、七松は明確なその場所を目指して走った。
あと50m、30m、20・・・殆ど一気にその間を狭める。
そして。
「俺のに何してんだぁあああ!!!」
豪快な叫び声と共に。
七松の妹・。
彼女と手をつなごうとした、立花を蹴り飛ばしたのだった。
◇
「そもそもだ。」
思い切り蹴り飛ばされた挙句、壁に激突して鼻血まで出した立花は苦々しく言葉を紡いだ。
ちなみに七松はそんな立花からの逆襲を受け、現在地面に平伏している。
「なぜ、と私が手を繋ぐことがいけないのだ?」
彼女は忍者ではないし、歩幅を合わせるためにも必要な行為だった・・・と言うのは立花の意見。
しかし七松は立花よりもぼろぼろになった姿で飛び起きて反論する。
「と手をつないでも良いのは俺だけなの!!」
そう。
彼にとって、彼女・・・つまり、妹と手をつなぐことは、とても重要な意味を持っている。
しかしそうとは知らない立花が、ほう?と言って片眉を上げた。
「随分な話だな・・・、お前兄以外と手をつないだことが無いのか?」
当のは、と言えば。
特に二人の会話に興味もなかったらしく、近くを飛んでいた蝶に目を奪われている。
「・・・?」
「へ?」
何度目かの立花の問いに漸く我に帰ったは、首をかしげて目の前の二人を交互に見た。
「なんでしょう?」
「だから、お前は生まれてこの方兄以外と手をつないだ事がないのか?」
問われて、彼女は一度空を仰ぎ見る。
抜けるような晴天だ。
中庭を吹き抜ける風も心地よい。
かなりの時間を掛けて思い巡らせ。
彼女は地上に目を戻すと、こくんと頷いた。
「言われてみれば、そうでした。」
「だろ!?」
ほれ見ろと言わんばかりの七松の笑顔。
と対照的に、思いっきり引きつった笑顔の立花。
「・・・・両親ともないのか?」
「無いですね、そういう場面になりそうになったら必ず兄が割り込んで来てました。」
おそらく。
彼女の言っている事は正しいのだろう・・・と見当を付けた立花は難しい顔をした。
彼、七松が異常なほど妹を大切にしていることは周知の事実だ。
に手を出そうとして襲撃された者も少なくは無い。
たった1人の妹、可愛くて仕方が無いのだろうとは思う。
思うが。
これは・・・。
「お前ちょっと異常じゃないか?」
立花の率直な意見だった。
しかし七松はどこ吹く風。
元から大きな目を更に見開いて、「なんで?」と言う。
「好きなヒトの手を握るのは、当然だろ?」
そう言われて、立花はあぁ・・・と落胆にも似たため息をついた。
色々と言いたいことは沢山あったが、とりあえず。
「にだって選択権はあるだろうに。」
そう。
七松がの事が好きなのは分かっている。
しかしはどうだ?
兄の事が嫌いなことはないだろう。
しかし彼女も年頃。
そろそろ気になる異性が現れてもおかしくは無いのだ。
それなのに兄にこんなにも縛られて、大丈夫なのか?と立花は常々思っていた。
だからこその発言なのだが。
七松が不機嫌そうに割って入る。
「にゃい。」
「・・・なんだその言葉は。」
言葉は美しく話せという立花に、七松は膨れてみせる。
「は俺のものだもん。選択権なんて無い!」
「随分横暴だな。」
半眼になる立花に、は人事のようにくすくす笑っている。
「横暴なもんか!俺はっ。」
「はい、ストップ。」
と。
立花と七松の間に、がちょんと立った。
彼女は嬉しそうに笑いながら、立花に向かい合って。
「ホントにもう、シスコンで病気な兄ですみません。」
「その通りだ、そろそろ精神的なケアをだな・・・。」
そういう立花に反論しようとした七松を、は止める。
と言っても、かすかに手を伸ばして制止しただけなのだが。
その様子を見て、立花は流石だなと呟いた。
七松は、基本的に止まる事を知らない。
殆ど猛獣のような男なのだ。
それを片手だけで止めようとは。
七松が猛獣なら、は猛獣使いか。
このペアは割りと脅威だななどと思う。
「まぁまぁ、ケアは私がするんで・・・もう少し兄のシスコンに付き合ってあげてください。」
しかも、こんな事を言う。
これではまるで、自分が七松を苛めているみたいじゃないか・・・と立花は苦笑した。
しかしここは可愛いの頼み。
引かないわけにはいかない。
「・・・・・・仕方が無いな。」
軽く笑って、くるりと二人に背を向ける。
今は、引いてやろう。
しかし小平太。
いつまでもが、お前だけのだと思うなよ?
お前が思っている以上に、を狙っている連中は多いんだ。
そしても兄以外に好意を持ってしまったら。
お前は邪魔出来るか?
精々今の内に恋人ごっこを楽しめば良い。
そう遠くない未来。
お前の位置にいるのは、私だからな。
立花がそんな事を思って去ったことなど露知らず。
七松はの手を、ギュッと握った。
「・・・。」
「うん?」
七松の地面に叩き付けられた所為で乱れた髪を、は優しく手櫛で整える。
それを心地よく感じながら、七松は彼女の肩に頬を寄せた。
「俺以外とこんなことしたら、イヤだからな?」
「じゃあ、お兄ちゃんも私以外とこんなことしない?」
予想外の事を言われ、七松はガバッと彼女から離れた。
そして、まじまじとを見つめる。
「・・・・・すると思うの?」
だとしたら。
自分の愛情表現は、妹には伝わっていなかったということ。
今までずっと、だけを見て生きてきたのに。
彼女以外と触れ合いたいと思った事は無い。
彼女以外に興味を持ったこともない。
自分の人生は、のためにあるのだと。
そこまで思っていたというのに。
七松の泣きそうな顔を見て、は慌てて違う違うと言った。
「じゃなくて・・・・・言葉のアヤって言うか・・・。」
彼女はうぅ〜・・・と困ったように七松から視線を逸らした。
そんなを、七松は抱き締める。
「・・・・・バカ。俺にはお前だけだって、言ってるだろ?」
「・・・・うん。」
そして。
二人、手をつないで。
さぁ、今日はどこに行こう。
君の小さくて柔らかい手が、自分の手にすっぽり収まって。
可愛くて愛しくて。
気を付けなければ握りつぶしてしまいそう。
この手を握って良いのは、自分だけ。
は俺の特別には、もうなっているから。
ねぇ。
俺も、の特別にさせてよ。
一生涯で、俺としか手をつないだ事がないと言ったら。
きっと、それはトクベツ・でしょ?
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こへ重くない?