彼と彼女の純情な交際が始まって


1週間を過ぎようとしていた、ある日のこと






 

 

   シロツメクサ








「ぐるるるるるる・・・・。」

彼女・・・の兄、小平太はこれ以上ないほど殺気立っていた。
それを、止せば良いのにからかう人物が二人。
文次郎、仙蔵その人であった。

場所は中庭。
時刻は西日もだいぶ傾いたころのこと。

「完敗だな、兄貴。」

唸る小平太に、文次郎がニヤニヤしながら声を掛ける。
四人の視線の先には。

庭のシロツメクサで指輪を作っていると。
そのの髪で三つ編みを作っている長次だった。
二人は特に会話するでもないが、端から見ても中睦まじく見える。
小平太には、これが許せない。
の隣にいるのは常に自分だという意識が、どうしても付きまとってしまう。
しかし。

「それにしても、文句は言わないんだなお前。」

仙蔵が小平太に言う。
確かに。
が長次に想いを寄せていると知った時も。
二人が一緒にいる時間が妙に長くなった時も。
私たち付き合うことになりました宣言をされた時も。
小平太は耐えた。
何も言わなかった。
それどころか、何とか笑顔を作って「おめでとう」とさえ言ったのだ。
日頃の妹への溺愛ぶりを知っていた周囲は、その小平太の姿に心底驚いたものだった。
当然、激怒して反対するだとうと誰もが思ったのに。

「・・・・・・だって長次だもん・・・。」

ぼそりと、小平太が言う。

「何で長次なら良いんだ?」

俺らだったら確実に反対するだろ?という文次郎に、小平太は軽く呻く。
そして少しだけ肩を落として。

「俺・・・長次の欠点が見つけられないから。」


長次と小平太は同室だ。
それはもう随分と前からで、恐らく長次の事に関しては親よりも知っていると小平太は思っている。
性格は正反対な彼らだったが、不思議と馬が合うのか行動も共にする事が多い。
しかしそんな友人としての贔屓目なしで。
小平太は長次を、良い男だと思っていた。
勤勉で真面目、かと思えば妙にお茶目なところもあり。
実技の成績も上々。
同い年とは思えない安定感もある。
そして自分がそう思うということは、自分と良く似た思考の妹もそう思うであろう事もある程度予想はしていた。


「でもまさか本当に・・・。」

あぁ・・・と泣きそうな小平太を眺めながら、文次郎と仙蔵は腕を組む。

「長次ってそんな良い男か?俺の方が良くないか?」
「まぁ文次郎よりは良いだろうが、私には負けるな。」
「え?」
「ん?」

互いの認識の違いに疑問符を挙げる二人に、小平太は軽く首を振る。

「どっともどっちだろ。」
「なんだと!?俺がこの爬虫類顔に負けるとでも言うのか!?」
「こんな万年クマだらけの男臭い奴に私が負けるとでも!?」

つかみかかってくる二人を軽くあしらいながら、小平太は息を付く。
二人とも悪くない。
悪くないが・・・癖も強い。
長次に癖がないか・・・と言われればまたそれは黙るしかないのだが。
ともかく。


「・・・・・出来た。」
「あ、ホントだ。似合います?」
「・・・・似合う。」


がキャッキャ喜んでいる。
小平太には、自分がその笑顔を壊せないことを知っていた。
だからこそ、余計にもどかしい。
には笑顔でいて欲しい。
彼女をあんな笑顔にさせれる長次が、今はとても羨ましかった。
小平太のそんな思いなど露知らず、が長次に声を掛ける。
シロツメクサの指輪が完成したようだ。


「あぁ・・・長次さんにはちょっと細いかな?」


が長次の指にそれをはめようとしている。
長次はと言えば、そんな彼女の様子を眺めながらぶつぶつと何か言っていた。
残念ながら小平太たちがいるところまでは聞こえなかったが、苦手な読唇術をフル活用させる。

「なんで指輪・・・?」

その問いに、は満面の笑みを浮かべ。

「異国の土地では、好きな人に指輪を送る風習があるそうです。」

同時に、バキッと何かが折れる音。
言い争いを続けていた文次郎と仙蔵が何事かと思ってあたりを見渡せば、小平太が自分の持っていた苦無を折り割っていた。

「・・・・・鉄って折れるんだな・・・。」
「なんとなく小平太なら折れる気はしていたが・・・。」

実際見ると引くな、と仙蔵が呟いて。
彼らもと長次に目を移せば。

いつの間に作ったのだろう。
長次がの髪に、やはりシロツメクサで作った髪飾りを添えていた。
無論、嬉しげに歓声を挙げる
そして本日2度目の、鉄の折れる音。
文次郎と仙蔵は軽く冷や汗を流しつつも、幸せそうに中庭を後にする男女を見送って。


それから小平太のメンタルケアに3日掛かったことは、言うまでも無い。

 

 

 

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長次はカッコイイという事だけを言いたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

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