文次郎。

お前と俺は似ているよ。


同じものを欲して、同じものを求めている。


ただ違うのは。

お前には、守るものがない。

それだけだ。


俺はを守る。

なぁ文次郎。



お前に、その覚悟があるか?








  同











ついさっき。
俺は、文次郎に忠告した。
本当は、もうずっと前から知っていた。
それに気付かなかったのは、お前の浅はかさ。
遠まわしに俺はいつだって忠告していた。

俺のに近付く奴は、誰だろうと容赦しない・と。

それなのに文次郎はに好意を寄せていた。
それは恐らく、恋と呼ぶには可愛すぎる小さな感情。
ただ、一緒にいたいなだとか。
笑ってくれたら嬉しいだとか。
その程度だったと思う。
でも、その感情が大きくなってからじゃ可哀想だろ?
だから。
ゴメンな。
きっと文次郎は、俺の変わりように驚いたはずだ。
ゴメン。
お前の事は好きだよ。
お前が助けてくれと言うなら、何だってしてやるつもり。
困っていたらムリヤリにだって助けてやる。
でも、だけは渡せないんだ。

彼女は俺の、全てだから。



自室に着いて、俺は伸びをした。
長次は甲斐甲斐しく俺の布団まで敷いてくれている。

「いつもありがと、長次。」

ニッと笑い掛ければ、彼は相変わらず読み取りにくい表情でこちらを見て。
ぼそりと、言った。

「・・・・言ったんだな、文次郎に。」
「・・・文次郎になら、譲ると思った?」

笑って言えば、彼は緩く首を左右に振った。

「お前は・・・。」

長次はこちらをじっと見て。

「・・・・・いつから、そうなんだ?」

少し、悲しそうに呟いた。




長次はもう寝ると言って布団に入って。
俺はなんだか寝付けなくて、散歩してくると言って部屋を出た。
今日は月が煌々と輝いている。
うっすらと敷かれた雲は、その光をやんわりと受けて白くなっていた。
訓練場に行く気分でもなく、ただだだっ広い学園の敷地をのんびり歩く。

いつから。

その言葉を反芻する。
いつから、俺はに惚れているのだろう。
気が付いた時には、もう彼女は俺の大切な人になっていた。
最古の記憶は、確か忍術学園に入学する少し前。
そうだ。
あの時。
は、泣きたいのを必死で我慢して笑ったんだ。
寂しくなるねって。
頑張ってねって。
そして。
たまには私の事も思い出してね・って。
あぁ、忘れるはずがないのに、バカだなぁと思った記憶がある。
でも今思えばも不安で仕方が無かったんだろう。
両親はいつも仕事で家を空けていたし。
家にはと俺の二人きり。
それなのに俺が全寮制の忍術学園に入ることになったのだから。
俺が10歳の時だから、は8歳か。
それは、寂しいだろう。
そうだ。
あの時俺は。
泣きそうなを安心させたくて。
彼女を抱き締めて、「大丈夫」って言ったんだ。
俺よりも一回り小さな体で。
触れた肌は少しひんやりとしていて。
甘い花のような香りが鼻腔をくすぐって。
震える体を抱き締めて、この小さな体は俺が守ろうと思ったんだ。
恐らくそれが。
初めてを「女」として意識した瞬間でもあると思う。



中庭をぼんやり歩きながら、少し目を閉じた。
夜風が心地よく肌を撫で、髪を弄んでいく。

文次郎や留三郎は、言うならば後天的な忍者だといつも思う。
彼らは努力し、鍛錬し、這い上がらんばかりの勢いで今の力を手に入れた。
それに対して、仙蔵や長次は先天的な忍者だと思う。
彼らが努力や鍛錬をしていない訳じゃない。
ただ、忍者としての感性が富んでいるように見えるのだ。
そして俺は。
自分でも、とりわけ恵まれた体をしていると思っている。
文次郎辺りから見れば、相当憎たらしいだろう。
でも。
足りない。
俺が忍びとして生きる上で、を守りきるだけの力が。
俺が溺愛すればするほど、恐らくは危険に晒されるだろう。
俺の弱点は、彼女そのものなのだから。
だからと言って、を手放すことも到底出来ず。
それならば。
やはり、力が必要なのだ。
なぁ、文次郎。
分かるか。
お前は俺と自分は違うと思っているだろうが、求めているものは同じなんだよ。
ただ、守りたいものがあるかどうか。
それだけの違いなんだ。
それはほんの少しの違いで。
大きな、差。
だからお前は俺には勝てない。


はぁ・・・と息を吐いて、空を見た。
月明かりに照らされた雲が、ゆらゆらと動いている。
綺麗だ。
だって、今日は。

「あれ、お兄ちゃん?」

君と見れる、月夜なんだから。




鈴を鳴らすような声がして、緩慢に振り向く。
そこには風呂から上がったのか、うっすらと頬を蒸気させているの姿。

「こんなところで何やってるの?」

彼女はひょこっと俺の前に立って、愛らしくこちらを覗き見た。

「・・・・なぁ、。」

俺は彼女の両肩に手を乗せて。

「・・・・好き。」

ギュッと、抱き締めた。
抱き締められたはクスクス笑って、どうしたの〜?と俺の背中に腕を回す。

「知ってるよ?」
「・・・・うん。」

ポンポンと背中を叩かれながら、俺は目を瞑った。

あの頃よりも丸みを帯びた体。
風呂の所為か今は俺よりも暖かい肌で。
ただ、花ののような甘い香りだけはあの時のまま。

「・・・は、好きな人いるの?」

その言葉に、彼女は少しだけ息を止めて。
笑った。

「そろそろ兄離れして欲しいってこと?」

そんなわけ無いって、知ってるくせに。

「そうだなぁ・・・お兄ちゃんの友達、みんな素敵だもんね。」

軽い口調は、先の質問を否定していて。
俺はを抱き締める力を一層強めた。

「・・・ねぇ、お兄ちゃん。」

彼女の声が。
澄んだ空に静かに響く。

「昔さ、こうやって抱き締めてくれながら・・・大丈夫って言ってくれたよね。」

それは遠い昔のお話。
まだ俺たちが、世界を知らなかった頃。

「あの時から、ずっと“ここ”が私の居場所。」

一番安心出来る場所。

彼女はそう言って、笑った。

「ね・・・大丈夫って、もう一回言って?」


夜風を纏いながら彼女が言うから。
月明かりを浴びて、俺は甘い香りを吸って。


「・・・俺がを守るから、大丈夫だよ。」


彼女が求めてくれるのなら。

俺は幾らでも強くなろう。



それは幼い兄弟の、拙い約束。





そして俺の、生きる意味。









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もんじと対にしようとしたけど、失敗した。

 

 


4:59 2010/07/25

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