「それじゃあ、くじ引きヨーイ!!」


そんな彼女の第一声で、それは始まった。













  クジビキ



















真っ青な空に入道雲が浮かぶ頃。
俺は筆を置いて、息を付いた。

夏だ。

だから何と言うわけではないが、悪くない。
というのも、先日俺の誕生日があった。
いつもは誕生日など数日過ぎてから思い出すのが常だったのだが、今年は違う。
なんと。
がそれを知っていて、木彫りの筆置きをプレゼントしてくれたのだ。
裏には四角囲いに「文」の文字。
良くこんなのを見つけたなと思っていたら、どうやらが自分で作ってくれたらしい。
俺はそれから、ちょっと浮かれ気味だった。


七松
小平太の、大切な妹。
これがまた、可愛いのだ。
容姿云々というよりも、その雰囲気だとかよく動く表情だとか。
そういうものが、どこか小動物的で愛らしい。
そんな彼女は。
いつものメンバーのちょっとしたマスコットであり。
俺の想い人だったりする。



勉強も一段落して、軽く伸びをする。
さて。
これから何をしよう。
少し裏山で体を動かすか。
そんなことを思った矢先。
部屋の扉が、がらりと開いた。
振り向けばそこには。

「・・・・・・・・・集合だ。」

とても見慣れた、仏頂面。



呼ばれた部屋は小平太と長次の部屋で。
中には既に何人かが集まっていた。

「・・・なんだよ、こんな集まって。」

素直な感想を言えば、がひょこっと顔を出した。

「長次さん、任務お疲れ様です!」

敬礼すると、少しだけ頷く長次。
ていうか、任務って俺を呼び出すことだろうか。
だとしたら随分簡単・・・いや、まぁ良いか。
はくるっと周りを見渡して、メンバーを確認しているようだった。
俺も釣られて周りを見やる。

仙蔵、伊作、留三郎、長次・・・そして俺と

・・・・・ん、小平太は?

俺の疑問が浮かぶと同時くらいに、はパンと手を叩く。

「皆さま本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございます!」

どこの司会者だ。
と思うが、何だかとても嬉しそうにしているのであえて誰も何も言わない。
皆何故ここに集められたのか、多分知らないのだろう。
全員の注目を浴びたが、満面の笑顔を見せて。

「実は本日、兄・小平太の誕生日です!!」

そんな事を、言ったのだった。




「多分お兄ちゃんは誕生日を忘れているので、ちょっとした宴をしたいなぁなんて・・・で、皆さんに協力してもらえたらなぁと思って集合掛けさせてもらいました。」

ダメ?と小首を傾げるに、仙蔵がクックと笑う。

「小平太は幸せ者だな。」

私は協力するぞ、と言って。
次いで伊作も微笑んだ。

「僕も。誕生日なんてすっかり忘れていたよ。」

留三郎はニヤニヤしながら腕を組んだ。

「俺も良いぜ。宴は好きだしな。」

長次は、多分唯一の提案を知っていたのだろう。
無言は賛成の意だ。

そして皆が俺を見て、言葉を待つ。
全く。
普段は俺の言葉なんて聞きゃあしねぇのに。

「ま、の頼みなら断れねぇよな。」

そう言う俺に、は嬉しそうに破顔したのだった。




「ではでは・・・ここにクジがあります。」

全員の協力を得られると分かったは、数本・・・恐らく人数分の紐を取り出した。
先は赤と黒に塗られた物と、何も塗られていない物がある。

「買出し組、部屋の飾りつけ組、兄引き留め組の3班に分けたいと思います。」

は紐の先端を見えないように手で握って、皆の前に差し出した。

「それじゃあ、くじ引きヨーイ!!」

皆がそれぞれ、紐を握って。
俺も残りの紐を握る。
そして、ふと思った。
これはもしかしたら・・・と二人きりになるチャンスではないか。
この場には6人いるわけだから・・・2人ずつの班になるだろう。
買出しか、飾り付けになればあるいは・・・!

「皆さん握りましたね?じゃあ・・・。」

頼む、兄の邪魔の入らない二人きりの時間を俺に・・・!!

「引いてください!」

するりと、全ての紐がの手から離れて。

「・・・私は飾りつけか。」
「・・・・・・俺もだ。」

「僕引き留め役。」
「俺もだ・・・小平太って何すりゃ引き留められるんだ??」

・・・と、いうことは。

「あ、文次郎さんと私は買い出しですね。」

えへへと笑うに、心の中で渾身のガッツポーズをしたことは言うまでも無い。





デートだ。
これは、紛れも無いデートだ。

私服に着替えた俺は、何度もそう心の中で唱えて幸せを噛み締めていた。
校門前に行ったら、既にはそこにいて軽く俺に手を振ってくる。
幸せだ。
小平太、誕生日ありがとう。
俺も手を振り返すと、は嬉しそうに笑うのだ。
デートだ。
心の中で大声で叫ぶ。
これはどう見ても、好き合った者同士の待ち合わせじゃないか。
彼女の隣まで来た俺は、校門を開けながら彼女を見やる。

「待ったか?」
「いえ・・・ていうか、文次郎さんの私服初めて見ました。」

私服持ってたんですね!という彼女に、こけそうになる。

「・・・お前・・・俺をどういう風に見てたんだ?」

そう言われて、彼女は悪びれもなく俺を見上げて。

「だって学園一忍者してるっていうから・・・もしかしたら私服も忍者服とかかなぁって。」

制服のままこられたらどうしようかなぁと思いながら待ってました、という
そうか、俺のイメージはそんな感じなのか・・・。
軽いショックを受けながら、と肩を並べて町へ赴く。
強い日差しに、涼やかな風。
散歩にはもってこいの天気。
久しぶりに、学園の外の空気を吸ったような気がした。

「・・・でね、傷心の長次さんにボロボロになった伊作さんが・・・。」

そして他愛ないの話に耳を傾ける。
女は誰でもそうだと思うが、事の他おしゃべりが好きだ。
それを面倒だとかうっとうしいという連中もいるが、全く同意だ。
話の主旨が無いなら話すなと良く思う。
が。
の話だけは楽しかった。
話が、というより、その話を楽しげに話す彼女を見ていることが楽しい・・・と言った方が良いだろうか。
ともかく。
女装した小平太の投げキッスがどうたら・・・と言うところで、俺たちは町に着いたのだった。



「さて・・・何買うんだ?」

今日は夕飯要らないなと思いながら、を見やる。
彼女はんー・・・と気の抜けた声を出して、俺を仰ぎ見た。

「お兄ちゃん、お酒好きなんです。」
「あー・・・知ってる。」

俺たちの中の酒豪と言えば、小平太と伊作だ。
そして酒好きと言えば、やはり小平太と・・・俺になる。
小平太とは良く酒語りをしていたし、あいつの好みくらいは知っていた。

「だからお酒に合う物が良いなぁって。」

なるほど、それなら。

、俺を連れてきて正解だったな。」

恐らくそういう好みなら、俺が一番良く知っているからな。




それから漬物屋の前で駄弁ったり。
味噌屋の前で笑いあったり。
干物屋の前で夫婦に間違われたり。
わざとの半歩後ろを歩いて、俺は頬がにやけてくるのを必死でこらえていた。

「夫婦だなんて、ちょっとビックリしましたね。」

えへ、と笑うに・・・多分不自然な笑顔を作って・・・俺は頷く。

「悪い気はしねぇけどな。」
「こんな嫁で良いんですか〜?」

かなり不束者かもしれないですよと笑うに、俺は唇を噛んで必死でにやけるのを我慢した。
良い。
不束者でも全然良い。
潮江もアリだ。
アリっていうか、寧ろ俺の方こそ不束者ですが宜しくお願いします。
そうなったら七松文次郎か・・・いや、それはちょっと微妙かな・・・。
そんな心の葛藤を読んだのか、は兄そっくりの大きな眼を開けて俺を見やる。

「唇、血出てますよ。」
「あ・・・。」

言われてぺろりと唇を舐めると、確かに鉄の味。
はその行為を見るとパチパチと手を叩いた。

「それ色っぽい!もう一回、もう一回!!」

なんだそのコール。

「しない。」
「なんでですか!?」

ショック・・・と呟くが、少しよろけて道行く人にぶつかりそうになって。
俺は彼女の腕を軽く引いて、それを阻止した。

「あ・・・ありがとうございます。」
「いや・・・・。」

手を離して、何となく照れくさくて頬を掻いた。
細い腕だった。
柔らかくて、触れるだけで溶けてしまいそうで。
当たり前だが、男のごつごつした体とは全く違う。
そういえば小平太はいつも当たり前みたいに、この小さな体を抱き締めてるんだったな。
羨ましい。
しかしそういうことをしたくなる気持ちは分からんでもない。
俺だって出来るならもっと触れ合って・・・。
ぼんやりとそこまで考えて。
がえへへと笑っていることに気付いた。

「・・・なんだ?」

聞けば彼女は少し照れたように笑って。

「文次郎さんって、カッコイイなと思って。」

そんな事を言ったのだった。

「・・・・・・・・・は!??」
「あ、お豆腐屋さん!高野豆腐食べたいー!」

俺の疑問を跳ね除けて、彼女は豆腐屋に駆け込んだのだった。






一通り買い物も済ませて、軽い物はが。
重い物・・・というか殆どの物を俺が持って、岐路に着く。

「なんか荷物持ちみたいにさせちゃってゴメンナサイ・・・。」
「これくらい荷物でもなんでもねぇよ。」

確かにの腕ならば完全に容量オーバーだが、俺の腕にはかなり余裕がある。
このままも担いで帰れと言われれば、迷うことなく実行出来た。
そんな事は言わないが、俺の言葉に嘘が含まれていないと感じ取ったのか。
彼女は安堵したようだった。
そうこうしている間に、時刻はもう夕暮れ。
学園も目前となり、楽しい二人きりの時間にも終わりが迫ってきた。
これほどまでに今が永遠に続けば良いと思った事があっただろうか。
いや無い。
人生にもしおりがあれば良いのに。
そんなくだらない事を考えていたら、不意にが俺を見上げた。

「・・・?」

彼女はどこか、いたずらっ子のように笑って。

「ねぇ文次郎さん、気付きました?」

そう言われても、何に気付けと?
余程呆けた顔をしていたのだろう。
彼女はより一層嬉しそうに笑って。
うんと伸びをした。

「あのくじ、私が作ったんですよ。」
「あ?・・・あぁ、まぁそうだろうな。」

何をいまさら。

「私、文次郎さんと二人きりになれるように、不正しちゃいました。」

きゃははと笑って、彼女は駆け出す。

「え・・・え!?おいっ、それって・・・!!」

追いつく前には学園の門を潜って。

俺は彼女の後ろ姿を追い駆けたのだった。






それから料理の準備をして、部屋に全員待機して。
が小平太を部屋に連れてきて、紙吹雪を撒き散らす。

「小平太おめでとー!!」
「さぁ宴だ宴!!」
「今夜は飲むぞーっ!!」

皆思い思いの事を口走って、小平太は嬉し涙を浮かべながらみんなに抱き付いていた。

「お前ら好きだーっ!!ありがとーっ!!!」

俺は小平太に酒を注いでやりながらも、心ここにあらず。
悪いなとは思いながら、それでもやっぱり先のの言葉が頭から離れなくて。
多分、相当気が抜けた渡し方をしたのが悪かったのだろう。

「文次郎!お前も好きだ!!!」

だからボールの破損代くらいは次からくれ!という小平太の抱擁を、避け損ねた。

「うわぁっ!?」

そして、気が抜けていた所為で思い切り床に叩き付けられて。

「気合が足りんな、飲め飲め!」

殆どムリヤリ、飲まされたのだった。






酒は好きだが、実は余り強くは無い。
気が付いたときには、部屋にいた殆どが酔い潰れていた。
そんな彼らの肩に毛布を掛ける人物が一人。
だ。
そういえば俺の体にも薄手の毛布が掛かっている。
は全員に毛布を掛け終わったのか、次に散らかった食器を集めていた。
一人で後片付けをするつもりだろうか。
甲斐甲斐しい。
俺は軽く頭痛のする頭を振って起き上がって。

「・・・・手伝おう。」

彼女に声を掛けた。
はにっこりと笑うと、シーッと口の前で人差し指を立てて外に出てしまった。
俺も慌てて後を追うと、は外で待っていて。

「疲れたでしょうから、文次郎さんは寝ていてください。」
「いや・・・目、覚めちまったから・・・。」

廊下に静かな風が流れる。
すっかり夜の空気を纏った時間が、俺たちの間に流れた。
部屋の中からは、皆のいびきや寝息が微かに聞こえる。

「・・・なぁ、・・・夕方の言葉・・・。」

あの言葉の真意を聞きたくて。
でも上手く言葉が出てこなくて。
恥ずかしいやら気まずいやらで、何となく目を逸らしてしまう。

「私が不正したって話ですか?」

そのものずばりを言われ、少し戸惑ったが・・・頷いた。
彼女はうぅん・・・と笑うように悩んで。
やがて、俺に近付くとくりくりの目で見上げて。

「またお買い物に行った時に、教えてあげます。」

今度も二人きりでね、と。

あぁ、小平太。
ホント悪い。
今日はお前の誕生日だろうけど。
多分、幸せ度は俺が上だ。

「さ、早く片付けちゃいましょ。」

そう言って洗い場に行く彼女の後ろ姿を見つめる。

その姿は、月明かりを浴びて。

なんだか夢の中の住人のように、見えたのだった。






夢みたいで、夢じゃない。

そう確信が持てるよう。


いつか、お前を抱き締めよう。


そうして、お前にしか聞こえない声で。


お前にだけ伝える言葉を、囁こうか。




あのくじ引きの紐は、運命の紐だったんじゃないかと。

そんなバカな事を、考えてしまったんだと。





-----------------------------------------

どうして原作とアニメで、あんなに顔が違うんだろう。

 


4:47 2010/07/27

 

 

 

inserted by FC2 system