何度も何度も、口付けを。

君の魂まで、愛するように。














その日。
小平太は異常なまでに元気だった。
元気が有り余っているのはいつものことだが、今日はことさら上機嫌。
更には全然腹が空かないと言って、昼飯時でさえ一人ランニングをしに行ってしまった。
一体何があったのだろうと、食堂で5人が話をしていた時の事。



文次郎が味噌汁に手を付けながら、唸った。

「なんであいつっていつも底抜けに元気なんかな。」

無尽蔵ってあぁ言うのを言うんだろうなと、誰にとも無く言う。
それを受けて、善法寺が苦笑いをした。

「でも今日は凄いねぇ・・・やっぱり。」

一瞬、皆の視線が絡み合う。
思うことはやはり同じか。

「・・・ちゃんが、来たからかな。」

七松
小平太が、それこそ病気かと思うほど溺愛している妹だ。
普段は農業に勤しんでいるが、偶にふらっと忍術学園に来ては1週間ほど小平太たちの部屋に泊まっていく。
快活で気立ても良く、愛らしい外見も相まって学園ではちょっとしたマスコット扱いだ。
とりわけ、小平太の仲の良い6年生の面々とは彼女も仲が良い。
殆ど兄と接するように気を許しているように見えた。
そんな彼女が、昨日から学園を訪れているのだ。
小平太が上機嫌になるのも無理はない。
しかし。
ず・・・と茶を啜って、仙蔵が言う。

「そのは、今どこだ?」

時刻は昼時。
大体これくらいの時間に彼女も食堂に来るのが常だったが、今日は来る気配もない。
そういえば朝食の時も見なかったな・・・と誰かが呟いた。

「長次、ちゃんはお前の部屋に泊まってるんだよな?」

留三郎が魚の骨と格闘しながら聞く。
が、長次は軽く首を横に振った。

「・・・・・昨夜は・・・・。」
「「?」」
「・・・二人で散歩してくるから、気にせず寝てくれと言われた。」

しゃくしゃくという長次が漬物を齧る音が当たりに響く。
暫く皆黙ってしまって。
仙蔵が、代表して疑問符を唱えた。

「今朝は、いたのか?」

その質問にも、長次は首を横に振る。

「俺が着替えている時に、小平太だけ戻ってきた・・・。」

皆の視線が奇妙に交わる。
怪しい。
その行動は、流石に怪しすぎる。

それは、つまり。

「きょ・・・兄弟の語らいをしてたんじゃない?」

どことなく取り繕うように、伊作が笑った。
二人でゆっくり話すなんて、なかなか出来ないもんね・と。
しかしその言葉には誰も賛同せず。
突然、バンと仙蔵が机を叩いた。

「気に入らないな。」

目が。
真剣だ。
仙蔵がを狙っているという事は、以外の誰もが知っていた。
彼の嫉妬心の対象は、勿論兄にも及ぶ。
その二人が朝まで共にいたと言うことは、何も無くても気に入らない。

「長次、二人がこうして出る事は今までもあったか?」

聞かれて、彼は少し考えを巡らせ。

「・・・毎回、数回は出ている。」
「数回だと?じゃあ学園に来ている間殆どじゃないか!」

私としたことが全く気付かなかった・・・!と仙蔵は握りこぶしを作り。
そして、高らかに宣言した。

「よし、今夜は小平太たちの行動を追跡するぞ!!」
「俺パス。」
「俺も、友達の秘密を暴くなんてイヤだな。」
「僕もちょっと・・・。」
「・・・・・・・・。」

余りに乗り気で無いメンバーに、仙蔵は半眼になった。

「文次郎・・・お前普段あれだけ忍者忍者うるさいのに、尾行の1つも出来ないと言うのか?」
「なっ・・・出来ないなんて言ってねぇ、したくないって言ってんだ!!」
「悪いが私には負け惜しみにしか聞こえなくてね・・・。」
「なんだとぉお!?分かったよ、じゃあ行ってやるよ!!小平太でも何でも追跡してやろうじゃねぇか!!」

「で、文次郎が行くのにお前はしないのか留三郎。」
「・・・・・・・はぁ・・・分かった分かった・・・。」

なんでお前らに付き合うと面倒なのかなぁと呟きながらも、留三郎もメンバーに入ったようだった。
伊作は事の成り行きを見守っていたが、ぼそりと長次の言葉が耳を掠める。

「?」

よくよく聞いて見れば。

「・・・・止めておいた方が良いと思うがな。」

同感。
そう思いながら、伊作は茶に手を伸ばしたのだった。









午後の授業をぼんやりと受ける。
伊作たちの教室にまで、小平太の叫び声や、それに対するクラスメイトたちの怒声が聞こえてくる。
午後になっても元気一杯ということか。
頬杖を付いて、伊作は保健室の薬の種類を思い浮かべた。
来週にでも買いだしに行かなければと思っていたところなので、在庫はいつもよりは少ない。
が、思い出す限りでは目的の物は作れそうだ。
本当ならこんなもの、使わずにおいた方が良いのだけれど。









授業が終わると同時に、伊作は保健室へ向かった。
途中留三郎に呼び止められたが、適当に流しておく。
さて。
新野先生にはなんて言おうか。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、見慣れた姿が一人。

「・・・・・あれ、長次・・・?」

誰かを担いでいる。
ムリをしすぎた小平太だろうか。
と思ったが、それにしては妙に小柄で細身だ。
下級生だろうかと思って目を凝らせば。

「あ・・・ちゃん!」

気を失っているのか、長次の体にだらりと持たれかかっているの姿。
伊作は急いで駆けよって、長次に声を掛けた。

「どうしたのちゃん。」
「・・・・倒れていた。」
「え!?」
「・・・・・かなり、はずれの・・・使っていない倉庫。」

長次はそれだけ言うと、すたすたと歩き出す。
方向的に、彼も医務室へ行くつもりだろう。
ならば自分もと、伊作は彼の後に付いて行った。









医務室の、独特の匂いが鼻を突く。
見渡したが誰もいないようだった。
長次は敷いてあった布団の上にを乗せてやり、軽く頬を撫でている。
伊作はと言えば、手拭を水で濡らして軽く絞っていた。
それを長次に手渡すと、彼はその手拭での額を拭く。
伊作は。
かなり迷った挙句、聞いてみた。

「・・・・・・小平太とちゃんの事、知ってるの?」

誰も知らない。
憶測でしか分からないこと。
でも、同室の彼なら。
長次は暫く黙って。
いつにも増して小さな声で呟いた。

「小平太は、辛いな。」
「え?」

思っていた返事とかなり離れた事を言われ、伊作は一瞬目を見開く。
しかし、長次はお構いなしにの首元まで拭いていた。

「・・・だが、がいるから・・・小平太は人間なんだろうな。」

意味を捉えあぐねて、伊作は眉尻を下げた。
良く、分からない。
そんな伊作をちらりと見て、長次は視線を落とした。

「・・・は、小平太の歯止めだ。」
「うん・・・?」
「あの猛々しさを・・・こんな小さな体で受け止めているのだから・・・。」

その後も何か言ったが、伊作には聞こえなかった。
それよりも。
歯止め、か。
分からないでもない気がする。
小平太は、どこまでも突き抜けた男だ。
良くも悪くも一直線で、本能に従って生きている。
確かに、人間よりも獣寄りかもしれない。
しかし、彼はに恋をしている。
もう随分と前。
自分たちが知り合う、ずっと前から。
恋は彼の本能を揺らし、理性を働かせる。
彼の生き方で唯一迷いがあるとするならば。
恐らく、という少女の存在がかかわってくるだろう。
それはとても辛く。
見ている方も、悲しい。
そしてそれが小平太を人間に引きとどめているのだとしたら。

・・・それは、辛いだろう。

獣であれば、迷うことなどなかったのに。
ちらりと、を見やる。
外傷は無く、ただ単に本当に寝ているだけの彼女。
余程疲れたのだろう。
襟元からかすかに赤い痕が見え隠れしていた。
それは。
多分。
昨夜の。
そこまで考えて、目をそらす。
何故だか見てはいけないもののような気がした。

暫くなんとも言えない沈黙が続いた。
長次は何をするでもなくを見ていたし。
伊作はそんな二人を眺めていた。
やっぱり、仙蔵たちに知られてはいけない。
予想がついているとしても、見られてはいけない。
そう思った矢先。
やたらと大きな足音が聞こえてきて、勢い良く医務室の扉が開いた。
そこには。

「おー、やっぱりここにいた!」

朝から今まで異常なまでのエネルギーを見せ付けている男、小平太だった。

「長次が運んでくれたの?ありがとー。」

小平太は無邪気に笑うと、どっかとの横に座り込んで彼女の髪を撫でた。

「しかしこの時間まで寝るとはねぇ・・・可愛いの。」

わしゃわしゃとの髪をかき乱して、彼女が厭そうにうめき声を挙げた頃。
長次がぼそりと呟いた。

「今夜はおとなしく寝た方が良い。」
「ん?なんで??」

俺全然眠くないという小平太に、長次が黙って諭すように見つめる。

「いくらお前でも倒れる。」
「・・・・ん・・・。」

小平太は暫く黙って。

「分かった。」

こくんと頷いてしまった。
伊作はその様子を見て、流石だと思う。
普段の小平太なら、まずそんな言葉は聞かない。
聞いても受け流すだけ。
しかし長次の言葉だけには良く耳を貸していた。
それはきっと、長次が小平太を心配しての言葉が多いからなのだろうと思う。
感心しながら二人を見ていたら。
また長次が呟いた。

「あと、仙蔵たちがお前たちを探ろうとしてる・・・。」
「あ、それ言っちゃうの?」

思わず言ってしまったが、小平太は特に興味もないようにふぅんと鼻を鳴らしただけだった。

「足止めするか?」
「いや、良いや。」

長次の申し出を軽く断ると、小平太は。
の頬に触れて。

「俺のに手を出しさえしなければ、幾らでも見れば良い。」

にやりと、丸い目に似合わない険の強い口調で言ったのだった。
ぞくりとする。
あぁ。
この兄弟にとって、それはタブーでもなんでもないのか。
ただただ。
求めるだけ。
そう。
は、小平太のモノ。
だから、求めること自体は小平太にとって恐らく特別なことではないのだろう。

「んじゃ、俺運ぶけど長次どうする?」

うんしょっと声を掛けて、小平太はを抱き抱えた。

「・・・残る。」
「そか、じゃあまた後でね〜!」

小平太は器用に足で扉を開けると、軽い足取りで医務室から出ていってしまった。
伊作は開けっ放しの扉を閉めて。
長次を見やる。
彼はが寝ていた後を見つめてから、軽く目を閉じた。

「あれは、半分だな。」
「ん?」

長次の言葉に疑問符を浮かべる。
彼はかすかにため息を突いて。

「・・・・小平太の魂の半分は、が持っているんだろうな。」

あぁ、なるほど。

そうかもしれない。









人気の無い倉庫に入って、を降ろした。
何度呼んでも。
何度抱き締めても。
何度愛しても、飽き足らない。
俺の、
俺だけの
その柔らかな頬から髪へ、指を滑らせる。
「・・・。」
世界で一番、素敵な名前。
「アイシテル。」
本当は意味も良く分かっていないけれど。
でも、彼女が俺の全てだから。
自分の足りない物を補うように、口付けをした。
エモノを貪るように。
何度も何度も、口付けを。

の魂まで、食べつくすように。

 

 

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煮え切らない。

 

 

 

 

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