カリカリカリ


私の後ろで、今日もペンを走らせる音。













  ほんの僅かの興味と後悔













フェアリーヴァース。
この広大な大地に降り立ち、よく分からん先住民どもを従えて。
私を崇め讃える国を作る、第一歩を踏み出した頃。
とある違和感を覚えた。
いや、違和感というにはあからさまな感覚。
私の乗ってきたマクシムに、誰かいるのを感じるのだ。
先住民たちは私の言いつけどおりマクシムには近寄らない。
別に何があるわけではないが、あの方舟よりも今は都市を建設する方に労働力を回したかった。
幸い彼らは私の雷のエネルギーさえあれば、疲れを知らないようだ。
また、ある程度なら壊れても自分たちで治す術を持っている。
その上非常に勤勉で、私の言うことをには決して逆らわない。
偶然とはいえ、良い部下を持ったものだ。
そういうことだから、マクシムに彼らがいる可能性はほぼ0。
ならば先日排除したと思っていた宇宙海賊とやらの生き残りか。
財宝でもあると思ったか。
それとも私への腹いせに、壊すつもりでいるのか。
いずれにせよ、自分の方舟に無断で乗られるのは些か腹が立つ。
私は、のろりと立ち上がった。

「あ、エネル様どちらに?」

忙しなく書類を作成していたスペーシーが声を掛けてきた。
彼には今、都市の大まかな設計を作らせている。
無論彼だけでは難しいので、かなりの人数を投入しての設計だ。
彼は、力は前の部下の足元には及ばないが非常に頭が切れた。
大まかにどんな都市にしたいかを告げれば、私の理想の上を行く案を出してくる。
いわゆる参謀のようなタイプだった。
彼のお陰で、また献身的に私の身の回りの世話をしてくれる数人の部下たちのお陰で。
実はかなり暇だ。
だから。

「少々、暴れてこようと思ってな。」



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マクシムに乗り込んだ私は、辺りを見渡した。
別に荒らされている様子は無い。
人数も少ない・・・というか、1人だ。
たった1人で私に楯突こうなど、愚か過ぎて笑えもせん。
私は侵入者のいる方に足を向けると、高らかに言った。

「出て来い。」

侵入者の動きが、ぴたりと止まる。
そして。

「エネル様?」

聞こえてきたのは、どうにも聞きなれた女の声だった。
はて。
どこで聞いたか。
自分で無理やり、惚けてみせる。
本当は知っている、とてもよく知っている。
しかしそうであって欲しくなかった。
思わず冷たい汗が頬を伝う。
空耳だと信じたかった。
しかし。
思い描いていた通りの人物は物陰からばっと飛び出して、私に向かって突進してきた。
「会いたかったエネルさまぁ〜!!」
必死の形相で抱きついてこようとする彼女をするりと抜けて、私は思っていたことが現実になった事実に眉を寄せる。
がしゃん。
彼女が私の後ろの壁に激突した。
気絶した彼女と。
ため息をつく私が、静かにマクシムに佇んだ。


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彼女の名は、
元・私の侍女だ。
ある時を境に、私は彼女を侍女から社の清掃係に転任させた。
そう、ある時。
私は彼女が、怖くなってしまったのだ。
私としたことが情けないことだが、事実なのだから仕方が無い。
無論他の部下にそんなことは言っていない。
ただ単に侍女が多くなってきたから、という理由で私の近くから追放したのだが。
まさか。
まさか、ここに来ていただなんて。
皆の元に帰って、私の目の前で横たわっている彼女を眺めながらもう一度ため息をついた。
そんな私と彼女を、スペーシーは隠すことなくじろじろと見ている。
彼のこんな不躾なところは、案外嫌いではない。
「エネル様、この方は?」
彼の質問に、周りにいた他の部下たちの意識もこちらに向いてくる。
ざわざわと小さな声が聞こえてきた。

「あの人、青海人だね。」
「エネル様の恋人か?」
「いや、一緒に来た位だからお妃なのでは。」
「それは是非お目通りしたい!」

いや。
いやいやいやいや。
そういう戯言は止めなさい。
無言でそう願うのだが、彼らに届くはずもなく。
遂にスペーシーまでそんな邪推をしてきた。

「エネル様の奥方ならば、2人用の寝室をご用意せねばなりませんな。」
「その路線でお願いします!」

と、唐突に。
本当に唐突にが起き上がってそう叫んだ。
どよめく部下たち。
笑顔の
そして、引きつる私。

・・・何故お前はここにいるのだ?」

連れて来た覚えは小指の先ほども無いぞ?と言うと、彼女は満面の笑みで質問に答えてくれた。

「貴方の行くところなら、どこにでも着いていきますよ!」

答えになってないのではと思いながらも、私は久しぶりの頭痛に目を閉じたのだった。



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が発見されて1日が経った。
周りは彼女を私の伴侶だと思っているようだが、彼女は侍女としての姿勢を取っていた。
つまり、私の斜め後ろに控えていた。
そしてカリカリと何かを書いている。
何か、というのは正確ではないかもしれない。
私は彼女の動きからその文字を判読出来るからだ。
したくてするわけではないが、こうも近くでペンを走らされればイヤでも分かる。
用は日記のようなものなのだ。


 1日目
 エネル様の玉座に口付けをしようと思って進入したマクシムが、いつの間にか作動して気が付いたらフェアリーヴァースに来ていた。
 ずっと気絶してた模様。
 でもエネル様に置いてけぼりにされなくて良かった。
 あと、私だけ来れたのもラッキーだ。
 あわよくば親密な関係になれるかもしれない。
 昨日はもしかしたら気絶したままだったら、エネル様が目覚めの口付けをしてくれるかと思って待っていたがしてくれなかったので普通に起きた。


というような内容の物。
日記というより、彼女の妄想だの願望だのが駄々漏れの書記だ。
は私の侍女だったころ、毎日このような妄想日記を書いていた。
最初は放って置いたのだが、「エネル様の腹筋を舐め回したい」という理解不能な文章が出てきた辺りで怖くなってしまったのだ。
確かに、熱心な信者と捉えれば悪くは無い。
しかし熱心過ぎる信者は恐怖の対象にもなるのではないか。
侍女から追放した私を誰が責めれよう。
無論、清掃係になってからも彼女の日記は続いた。
しかし私の傍にいない、私の肉眼の届かない場所にいることに安堵を覚えていたというのに。
よりによって、彼女がここに来ていたとは。
不覚。
非常に不覚だ。

昨日から続いている頭痛に息を吐くと、後ろで控えていたがひょいと顔を出してきた。
少しだけビクリとする。

「エネル様、だいぶお疲れのようですね。」
「いえいえ、エネル様は最近暇すぎて全然疲れておりません!」

この無責任な発言はスペーシーだ。
お前は心労という言葉を知っているか?

「まぁ、それは大変!体がなまってしまいます!」
「我らは仕事中の身、是非様がエネル様の運動に付き合って下さい。」

ん、今そういう流れの会話だったか?
首をかしげていると、が私を再度覗き込む。
その姿はさながら犬の様。
私に決して牙を向けない、忠実な犬。
ならばいっそ人の形ではなく、犬だったなら素直に可愛がれたろうに。
そんなことを思いながら、覗き込んでくるの顔をじっと見た。
彼女は、見た目はとても普通だ。
特別整っている訳でもないし、崩れている訳でもない。
そこまで特徴のある顔ではなかった。
だが、神官どもの中には彼女に熱を出す者も何人かいた。
曰く、可愛いだの、癒されるだの。
確かにいつもピリピリとした神官どもには、彼女のユルイ雰囲気に癒されるのも分からんではない。
見慣れれば、外見も普通評価から可愛い評価に昇格もするだろう。
私は。
ふと、彼女と初めて出会ったときのことを思い出す。
そういえば、青海人だった彼女をわざわざ私の傍に呼び寄せたのだったな。
そして別段特技があるわけではない彼女を、何となく私の侍女にしたのだった。
それから今までいた侍女たちを僅かに控えさせ、暫くは私の最も近い場所にを置いていた。
口を拭かせたり、湯浴みをさせたり、時には軽く意地悪をしたり。
とにかく今までの侍女にはしなかったこと、やらせなかったこともにはやらせた。
恐らく、構いたくて仕方が無かったのだろう。
それは。
無論、好きだったからだ。
しかし彼女は青海人。
普通の、ごく普通の女。
身分があるわけでもない、力があるわけでもない。
私は神として、彼女にこれ以上の好意を持ってはいけないと思ったのだ。
皆の手前、青海人を寵愛していると分かったら示しが付かない。
そんなある日、彼女の好意を知ってしまった。
は、神として私を崇めるのではなく。
純粋に、私を好いた。
それを知って尚平静を装える自信が、私には無かったのだ。
だから、怖くなった。
そして侍女から解任してしまったのだ。
そうすれば顔を見ることはほとんど無い。
やがてこの感情も薄れると喜んだ。
それなのに。
いや、しかし。
再び出会ったのがフェアリーヴァースというのは、もしかしたら。

。」
「はい?」
「お前・・・。」

ここには、空の者だの青海人だのという区別は無い。
そうだ。
私は。

「私に忠誠を誓えるか。」

今、彼女を寵愛出来る立場にある。
そうだ、スペーシーたちの言うように妃にでもなんにでもしてやれる。
空島では出来なかったことが、出来るのだ。
彼女の顔を見た瞬間は、習性というか刷り込みで逃げようと思った。
しかし、それもしなくて良いのだ。
突然の質問に、は少し呆けた顔をして。
やがてクスクスと笑った。

「誓うも何も、私はもうエネル様の物ですよ。」


何だかここに来てから良い事ばかりだ。

これも神の成せる業、と思っておくことにしよう。
ともかく。
これからの生活に私は胸を躍らせるのだった。

 

 

 

 

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